バンコクMRTの最初の区間(ブルーライン)は2004年7月3日に開業した。フアランポーン駅からバーンスー駅までの区間で、クロントイ駅もその一駅だった。
私の記憶では、当時のクロントイ駅周辺にはタイ証券取引所(SET)の本部があったくらいで、他には目立ったものがなかった。
いや、正確に言えば「何もなかった」というより、「地下鉄駅を作るほどのものがなかった」という印象だ。
振り返れば、当時のMRT沿線はそういう場所が少なくなかった。
ペッチャブリー駅もそのひとつだ。
今でこそAirport Rail Linkマッカサン駅との乗換駅として多くの人が行き交い、シンハーコンプレックスをはじめとする高層ビル群が立ち並んでいるが、開業当時はかなり殺風景だった。夜になれば国鉄線路沿いは暗く、人通りも少なく、どこか近寄りがたい雰囲気さえ漂っていた。
しかし、そのペッチャブリー駅は20年後に見事な変貌を遂げた。
まるでシムシティのようだ。
まず駅を作る。
人が来る。
オフィスが建つ。
マンションが建つ。
街ができる。
都市計画とは、未来を先取りする行為なのだろう。
だから私は長い間、クロントイ駅についても同じように考えていた。
「まだ発展していないだけだ」と。
ところが20年以上経った今、改めて現地を歩いてみると妙な違和感を覚える。
クロントイ駅の西側。
そこには相変わらず何もない。
ほんとうに何もない。
広い更地が続いている。
ペッチャブリー駅が劇的に変貌したのとは対照的だ。
調べてみると、このエリアにはMEA(首都電力公社)関連用地、国有地、港湾公社(PAT)関連地、クロントイ市場周辺の開発予定地など、さまざまな土地が混在しているらしい。所有者も一様ではなく、場所ごとに事情が異なる。
つまり、「誰か一人が決断すれば開発できる土地」ではない。
とはいえ、地下鉄開通から20年以上。
それでも駅の周辺がこれほど変わらないというのは不思議だ。
そもそも、なぜここに駅が造られたのだろう。
クロントイ市場へ行くには少し遠い。
MedPark病院へ行くにも微妙な距離がある。
One Bangkokはルンピニー駅が目の前だ。
現在の視点から見ると、クロントイ駅だけが取り残されているようにも見える。
もちろん説明はある。
MRTブルーラインはラマ4世通りの地下を通っており、ルンピニー駅とクイーンシリキット駅の間隔が長くなりすぎるため、中間駅として必要だったという説だ。
だが本当にそうだろうか。
ルンピニー駅からクイーンシリキット駅までは約1.6km。
クイーンシリキット駅から次のスクンビット駅までは約1.7km。
都市鉄道として特別長い距離ではない。
クロントイ駅がなくても成立していたようにも思える。
だからこそ、この駅は謎なのだ。
計画当時、誰かが描いた壮大な開発構想があったのか。
港湾地区再開発の布石だったのか。
SETを含むビジネス街構想だったのか。
あるいは政治的な配慮や土地所有者の思惑が入り込んでいたのか。
資料を探しても明確な答えは見つからない。
だから私は時々考える。
クロントイ駅は、「現在のため」に作られた駅ではなく、「実現しなかった未来」のために作られた駅ではないか、と。
ペッチャブリー駅では未来予想図が現実になった。
しかしクロントイ駅では、何らかの理由でその未来が止まってしまった。
地下では数分おきに列車が走り続ける。
地上では20年前とあまり変わらない風景が広がっている。
バンコクには数多くの駅がある。
だが、その存在理由について考え始めると、クロントイ駅ほどミステリアスな駅はないのかもしれない。
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